どうしようも無い社会で働くという事、できる事、その意味

師走という事で大変に忙しい毎日を送っております。皆さんどうでしょうか?

年末が繁忙期だという職種の方も多いと思います。長期連休を挟むと前倒す仕事もありますし、普段のペースとは違う働き方をしなければいけません。大変ですね。

ところで今回は「働くということ」について色々思うところがあるのでツラツラと書き綴ろうかと思います。


働くことの意味

私は、ただお金を稼ぐためには働けないという面倒な人種です。

本当に面倒ですが、どうしても『この仕事をする事で何が起こるのか』『何故この仕事をするのか』という事を考えてしまいます。面倒です。

ただ、絶対に確かな事があって、それは『働くという事はその先にいる人、物、事の問題を解決するということだぞ』という事。

それはどうやっても変わらない原理原則です。『仕事』は『問題を解決する』という目的があるんです。

個々人の思想は違うけども…

私はそれができていないと、常にモヤモヤした気持ちを抱えてしまう性分です。しかし皆がそうという訳では無いです。

仕事に生きがいを求めない人もいるし、生きがいを考える事も無い人の方が多いかもしれない。そんなもんでしょう。それは何も問題は無いし、嫌にも思いません。むしろ自由で良いです。

しかし資本主義の経済で、会社組織に属し、社会人として働くという事は否が応でも原理原則に従うことになる…はずなんですが、多くの組織において『その組織の目的』に則さない構造になっている事は思いの外多い。多すぎる。

それは個人が『ある組織の構成員』というペルソナにおいて、目的を果たす事ができないという歪みを生む原因になっています。

これでは私の様な人種は気が狂うほどにイライラしながら仕事をしなければなりませんし、当然ですが組織は成り立たないので仕事に生きがい云々言ってる場合ではありません。組織は遠からず崩壊してしまいます。

現に私の属する『地方の中小印刷会社』は軒並みお葬式状態です。内部がボロボロ過ぎて、多々ある外部要因に立ち向かえるようなフィジカルもメンタルも持っていない。

これは私の業界だけでなく、多方面で同じ事が言えるでしょう。自然の流れと言えるかもしれません。今が転換期なのかも。

『組織の腐敗』の先にある根本的原因

思うに、長い間、組織が存続する中で新陳代謝が行われないと組織全体が腐敗してしまう。それは組織だけでなくて、何でもそうなんだけど、その事に気がつけない人もやっぱり多い。

幾つも原因はあるけど、そのひとつは『考える力の欠如』が多くの事に当てはまるんじゃ無いかな。

与えられた問題に与えられた答えを出す。その連続をジェットコースターみたいにレールの上を強制的に走らされながら経験させられる。それが日本の教育。

何故?と問いかけて答えを導き出す力。疑問を持って掘り返す力が必要だけど、それを身につける事は大人たちにとっては不都合が多いんだろうなぁ。

だって必死に隠してる汚い部分、ごまかしてる部分と向き合わされちゃうから。『何故』を掘り進めて『真実と向き合う』って事を強要されたらたまらないでしょう。

だから凄まじい速度で変わり続ける世界に取り残されて、子どもたちは昔ながらの教育方法で育てられて、生きるために本当に必要なスキルを身につけられず、大人の都合の良い生き方を強要され続けている。

それが毎日繰り返されるわけだから、なかなかホントに『考えられるヤツ』ってのは生まれない…と思っています。一概に言えないけどね。

解法なんて無いって絶望する前に

問題は根深いです。幾ら解決しようとしたって答えはないんじゃないかって思うくらい。途方も無い事だと思います。

それでも諦めたら未来はホントに希望もクソも無い暗い世の中になっちゃう。少なくとも私は自分の子どものために諦めるわけにいかない。子どもが担う社会は今の大人たちが作るんだから。

諦めてダラダラ生きるのは選びやすい選択肢だけど、そうする前にできるちっちゃい事は沢山あるはずです。

そんな難しい事じゃなくて良い。子どもと遊んでる時に「これって何でだろうね?」って言う習慣を作るとかでも。

いきなり組織や社会が変わるわけじゃ無いけど、小さい事を皆がちょっとずつ始めれば、次の世代、次の次の世代の頃にはすんごい大きな事になってると思うんだよね。


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